人間だからこそ必要なもの



2008年06月12日(Thu)
人間だからこそ必要なもの
 唯物論という考え方がある。物があるという前提で論議する考え方である。もともと私は理系の大学出身のためこの立場の考え方を好んでいる。よって、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という考え方に納得できなかった。ちょっと難しいが、唯物論の反対とされるのが観念論らしい。デカルトは観念論側かな?

 昔はプラトンのイデア論もわからなかった。観念論的な感じがするから。アリストテレスは師を批判し「美しいものの根本にこそ美しいとされる元が存在する」といった「原因論」を展開した。古代でもっとも有名な唯物論かなあ?と個人的には思う。彼によれば物事が何でできているかが「質料(因」、そのものの実体であり本質であるのが「形相因」、運動や変化を引き起こす始源は「動力因」、そしてそれが目指している終局が「目的因」である。ただ、今は両方の言い分がなんとなくわかる。まだうまく咀嚼できてはいないけど・・・・・・・。

 これらのことは、わたしにとって「物事の根本は人間があること」からすすめていくべきと思う。人間であるからこそ、物を定義しイデアや原因を定義するのではないか?人間の脳・理性あるからこそ物が定義されたのではないか?人間の「考える癖」あってこその賜物が哲学ではないか。仮に椅子があるとして、動物のままの脳であるなら、人間はそれを椅子と定義しないだろうし椅子としての目的も使い方もわからないだろうから。

 哲学って、すごく難しい。けど、人間が生きるためには必要不可欠だろう。人間であるゆえに人間は苦しみ、悶え、暴走する。前回秋葉原通り魔事件は人事じゃないと書いた。彼の生い立ちや経歴は私と似通ったところが多いから。彼はもともとまじめな人間だったのだろう。そして、考えすぎた人間だったのかもしれない。私は以前から「考える癖」が大事だと書いている。ただ、やはりなんでも行き過ぎるのはよくない。一人で悶々と考えすぎると暴走に行き着くのだ。それを回避するのが哲学ではないかと個人的に考える。

 人間が脳を、理性を持ったからこそ哲学、そしてそこから諸学問が生まれ発達した。そして今日の我々の生活基盤となりえた。だからこそ、人間は「考える癖」を放棄してはならない。ジョン・ロック「人間悟性論」では重要な内容がある。物事を議論する前に自分たちの「考える力量」のレベルを知らなければならない。でなければ議論の幅が狭まり高度な議論は望めない。ああ、まさしく「考える癖」を普段から怠ってないかがそのレベルを高く持っていけるのであろう。「考える癖」があればあるほど同じ経験でも吸収する容量は大きくなりそれだけ人間として成長できるのだ。

 我々は人間である。人間であることはどういうことか?いかなるときもそれを忘れてはならないだろう。

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あと、ここでは硬派については「恋愛感情そのものを放棄し、ひたすら義・スジで生きようとする人間関係を求める者」「知力、肉体両立したいわゆる男らしい人間を目指すもの」としています。なので突っ込む前にここと過去の記事を読んでくだされ。

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