殺人は何故いけないのか



2008年06月08日(Sun)
殺人は何故いけないのか
 秋葉原通り魔事件は、衝撃の一言で片付けるわけには行かない。池田小通り魔事件から丸七年の同じ日。同じ悲劇が秋葉原で起きた。一人の人間のエゴで多くの人間が犠牲になった。被害者に哀悼の念を示す意味で急遽「殺人について」考える。

 自己の権利が蹂躙されるならば、それは自己の人格までも脅かされる故に権利のために戦わねばならない。これはドイツの法律家イェーリングが述べた主張である。現行犯の男が何を思ってやったのかは分からない。日研総業という、派遣である意味有名なところでストレスがたまっていたであろうことは想像できる。しかし、他人を巻き込んでいい権利はないはずだ。こういう輩がいるからこそ、死刑廃止論に待ったがかかるのである。

 殺されるという危機に直面したら、こちらも相手を殺す覚悟で立ち向かう。これが正当防衛である。誰だって死は怖いし痛く・苦しい。極限の苦痛だからこそ誰もが標的にされたくないのだ。だからこそ正当防衛というものが認められている。「自分がやられたくない」からこそ殺人はいけないことである。たとえどんなに苦境に陥ろうとも、殺人はいけない。勿論自殺もいけない。

 これを読んでくれている方に、まずやってもらいたいこと。特に追い詰められている方にやってもらいたいこと。

「自分で思いっきり自分の顔面を殴る」
「自分で思いっきり自分の腹筋を殴る」

 手加減せずにやってみてほしい。まず殴るという時点で痛いことがすぐわかるので、無意識のうちに加減するだろう。でも、怒り狂ったら他人には出来るんだよな。人間って怖いものだ。この上記の行動をやってみると、他人に暴力を振るうのはいけないなって思うよな。それを忘れないでほしい。でも、殺されそうになったら手加減してはいけないと思う。何もしなければ殺されそうなときにそんなこと考えていたら殺されてしまう。不謹慎だが、私は身の危険を感じたら手加減しない。自分がされたくないことをしてしまうだろう。というか、過去やっちゃったことがある。絡まれて急所を手加減せずにぶったたいて何とか逃れた話をしたときは、友人にはかなり注意された。苦痛が半端じゃないのが分かっているからこそやったのである。ただ、自分から危害を加えようとその知識を悪用してはいけない。それだけは守る。

 遺族の側に立ったら、私は自分を抑えられないだろう。犯人を見たら嬲り殺しにしたいと思うだろう。凄い不謹慎なことばかり書いているが、それが人間だ。これを読んでいる方は、どうか殺人を犯さないでほしいと願っている。


   


 管理人・鴉'sについて

 漢・硬派を目指す26歳
 女よりも漢を好む変態!!
 滝川クリステルが最近一押し

 好き 
  格闘技観戦
  格闘家
  CROWS
  QP
  WORST
  キャバクラ調査
  歌舞伎剣
  筋トレ
  オナゴのくびれ
  猫
         等多数・・・・
 
 嫌い
  基本的に赤の他人
  偽善者
  募金詐欺
  自分が馬鹿だと分からない奴

主義
  生涯独身
  恋愛排斥
  目指せ漢

ウイルスは送るなよ!!!!!
cute-boxe-silva@hotmail.co.jp

アダルト宣伝系、パチンコ攻略関係は容赦なく削除。リンクフリーです。
 


新着トラックバック/コメント

リンクサイトはこっちです


あと、ここでは硬派については「恋愛感情そのものを放棄し、ひたすら義・スジで生きようとする人間関係を求める者」「知力、肉体両立したいわゆる男らしい人間を目指すもの」としています。なので突っ込む前にここと過去の記事を読んでくだされ。

カレンダ
2008年6月
8
         

アーカイブ
2007年 (137)
6月 (23)
7月 (38)
8月 (19)
9月 (15)
10月 (15)
11月 (12)
12月 (15)
2008年 (260)
1月 (24)
2月 (27)
3月 (33)
4月 (31)
5月 (45)
6月 (33)
7月 (38)
8月 (29)

アクセスカウンタ
今日:172
昨日:700
累計:154,005